不可思議な「わたし」を巡る
「ここに居てもいい」という信頼感―場所アイデンティティが成り立つところ (4/4)
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基本的信頼の獲得のやり直し

赤ちゃんの欲求ではなく時間割に従って授乳したりおむつを替えたりといった、泣かせない育児法が支持された時期がありました。しかしこれは、「求めたら応じてくれる」という基本的信頼を獲得するチャンスを奪うのではないかと思います。一方、大学で学生さんたちを見ていると、学校や家庭で良いとされるものが予め示され、その尺度に合わせて「自分はこの程度だ」という経験を繰り返し、就職の時になると「自分で何をしたいか考えなさい」と言われて、立ちすくんでいる。「自分が求めたら(世界が)応えてくれた」という体感がなく、よって立つ基盤が軟いように思います。

ただエリクソンは、基本的信頼の獲得は「やり直しができる」と言っています。たとえば青年期に自分は基本的信頼ができていないとなったならば、親とやり直してもいいし、親しい人とやり直してもいい、専門家のカウンセラーとでもいいので、この世界は自分の求めに応じようとしている(うまくできるかどうかはわからないけれど)、ということを意識して作っていくことはできます。するとそこからは基本的信頼をもって先を生きていくことができる、とエリクソンは考えます。

大谷華

つながりという流れを感じるときに生まれる立ち直りの力

一方で、成人期までに「有能(勤勉に生産する)」や「忠誠(信念を保つ)」といった心理社会的な特性を獲得し保持してきた人であっても、老年期にはそれらの力が欠けていき、とても不安になります。その時に、横に寄り添い「今のあなたがここに居ていい」と伝えることで、基本的信頼を支えられるのではないか。たとえば、かつて社長だったあなたではない「今のあなた」の横に寄り添うということです。

エリクソンは老年期を「英知」の段階とし、いいことも悪いこともあり、得たものも失ったものもあったこれまでの過程と現在の自分を受け入れる「統合」を発達課題としています。失ったものが多くなり、自分には先がない…と閉じてしまうと、絶望の危機にのみ込まれます。私見ですが、ここで自分を流れの中に置いてみてください。大きく言えば、人類の流れです。自分の命を与えてくれた人があり、学びにしても生活にしてもその環境を作ってきた先人たちがいる。自分から後ろにもまたつながっていく。個人といえども独りではなく、自分が前からきて後ろ続く流れの一点であると感じたときに、立ち直りの力が生まれてくるかもしれない。

大谷華

流れの中にあるということは、つながりの中にいるということであって、個として閉じていないということだと思います。一方で、「場所アイデンティティ」は人と物がくっきりと分かれていて、完全に客体化されていているようにみえます。人為と自然が客体化されているような西洋的な人間観に対して、つながりの話は個がいろいろなものに開かれて接続されています。西洋的人間観と大谷さんが注目されている「場所アイデンティティ」には違いがあるようにもみえます。

山内泰

トランザクションという視点

西洋的か東洋的かはうまく捉えられませんが、人と環境に関わり方について環境心理学でトランザクション(transaction)という言葉を使います。人と何かとの相互作用は通常インタラクション(interaction)で、自分、相手、環境などがあって、一方が働きかけて他方に反応があり、それに対してまた反応するというイメージです。それに対し、トランザクションは共に変わる、場に人が置かれることでいずれもが影響を受けあい、共に変化するというイメージです。人間が環境に影響を与えたら環境がこうなりました、だけではない視点です。

場所アイデンティティがどこで生まれるか、生起ポイントはよくわからないですが、人は事後的に場所が自分を支えていたとわかる。生活ルーティンでは意識していなかったが、たとえば環境移行後に、「いい部屋だし、みんなよくしてくれるけれど、私は帰りたいのよ」と言葉が出てきたり、気持ちが晴れなかったり体調が悪くなったり、変化の影響が現れてくる。心理学は個人を見ながら、トランザクショナルな場の力を考えます。社会学や社会実践でも、環境の中にある人、環境の一部である人というアプローチがある得るだろうなと思います。

大谷華

喪が成り立つ要素

トランザクションは、國分功一郎さんの『中動態』の議論とも響きあう面白い視点ですね。そこでは「場の一部である人」という独自の人間観が問われていますし、同時に、場を人と同じくニュアンス豊かなものとして捉えなおす視点もあります。それに関連して、大谷さんが「場所に喪が必要」と論文で指摘されている点について、最後にお伺いできればと思います

山内泰

私事で恐縮ですが、先日親の家が売れました。父母が2年ほど前に亡くなり、維持できないので手放すことになりました。調べてみると更地にして売るのが手間がかからず効率的とわかったのですが、どうにも気持ちが落ち着かない。不動産業者に「今の家を良いと言ってくれる人を探してほしい」と頼みました。やがて、30代のご夫婦が「家に入った時に、フランク・ロイド・ライトを感じた」と、必要な改修のみで購入希望と連絡が入りました(実物は、地元の設計士さんに頼んだ普通の古屋です)。私にとってこの過程が喪になりました。ものとしても大好きな家でしたが、それだけでなく自分は何者かを考えるのに欠かせない場所アイデンティティでもありました。納得する形で手放すまでに2年の時間と労力がかかりましたが、私はとても良い気分です。

大谷華

喪が成り立った大きな要素はなんでしょうか。

山内泰

30代の方が継いでくれたことがいちばん大きかったと思います。新たなストーリーが現れて、「継ぐ」ということが現実に起きた。それがなかったら、私がこの話を他の人にすることはなかったでしょう。喪失が喜びの体験に変わったのです。加えて、時間も重要な要素だと思います。家族や不動産業者の担当者が私の話につきあって、思い惑う時間を与えてくれました。儒教の服喪は3年といいますが、それは心がいろいろ動いて落ち着いていく時間ではないでしょうか。

ある環境心理学者の方が、震災時、自分が住んでいた風景が目の前で一斉に消失したことを「喪がないまま失われる衝撃」と言っています。この衝撃を人は容易には耐えられない。たとえば、小学校が廃校されるときなどに行事をやりますよね。実は以前はそんな行事は不要なんじゃないかと思っていたのですが、やはり意味ある場所を失うときに共に弔うこと、「無くなったね」と喪を共有することが、人の心が落ち着いていくのに必要ではないかと思います。

大谷華

たしかに初七日や四十九日の話は、歴史の中で培われた時間感覚ですね。儀式をすることによって思い起こされたり、やっていく中でなにかが追想されたりすることで、だんだん心が落ち着いていくという話でもあると思いますし、大谷さんが他の人に話したというストーリー化もまた、喪においても大事であるように思いました。 今日はありがとうございました。

山内泰

2022年1月26日オンラインにて収録

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