挑戦するための安心の基盤
動物が自分で選択できるようになるために、どんなことを重視されていますか?
山内泰飼育場は、動物にとって未知の領域です。まずは飼育場の中に動物が安心できる場を作ります。動物にとって「逃げるしかない」から「逃げられる」の状態になることは、状況を選択できる第一歩です。さらに安心できる場ができることで、新しい状況に向けて学習や挑戦を始めるという変化が生じます。動物が自律的に新しい環境や行動を試してくれる段階です。
このような環境的なケアの充実がいわば栄養分となり、動物が自ら選択できる範囲が広がり、より新しい環境を利用できるようになる。こうしたありかたが動物のウェルビーイングなのだと考えています。
椎原春一安心できる環境があってはじめて選択も挑戦もできるという話はビジネスでも教育でも指摘されていることですね。
山内泰動物園の存在理由:人と動物のウェルビーイングを考える場
他方で、動物のウェルビーイングという視点でいえば、そもそも動物園で展示するありかたを疑問視する声もあるかと思います。その点はいかがでしょう?
山内泰「動物園」が私たちの社会においていかなる意義があるかを問う話ですね。たしかに飼育されている動物たちは人に依存するしかなく、行動を制限され管理されています。そもそも展示という動物利用と動物福祉は矛盾する場合が多く、現場では結論の出せない問題が多々あります。
ただこうした矛盾や正解のない問いは、私たち人間の社会においても問われています。人間もまた、社会的な様々な制約の中で不安や恐怖、欲求不満や孤独、生きづらさや無力感を感じているものでしょう。動物園の動物も人間も、社会的な環境との相互作用のなかで自分たちのありかたを模索しています。そして行動の選択肢の拡大と環境との持続的な調和(バランス)のなかにウェルビーイングがあるのは動物も人間も同じです。
そんなすべての生活者(動物・人)の福祉向上を考える場が動物園だと私は考えています。矛盾や問いにどう向き合ってるかを伝え、気づいてもらい、一緒に考える。生活基盤が人と異なる動物に向き合っている動物園だからこそ伝えられることがあると思うのです。人や動物に必要な行動ってなんだろう。それが実現できる環境って何だろう。動物だけではなく私たちの動物園まるごと展示することで、動物福祉を伝えていこうとしています。
椎原春一「物珍しい動物を観る場」から「動物も人も大切にされる環境や関わり方を体感する場」へ動物園体験の質が変化しているように思います。そうした体験をお客さんと共有できている点に、大きな意義があるように思います。
山内泰来場者数はもちろん大事なので、コンセプトだけを先行させてもうまくいきません。ケアへの関心が高まってきたここ10年くらいの日本社会の流れもあって、お目当ての動物が観られなかったとしても「寒いと出たくないですもんねー」といった動物の気持ちに共感するコメントがもらえるようになってきました。そんなお客さんたちと一緒に、私たちは歩んできたのです。
椎原春一(2022年4月26日オンラインにて 聞き手:山内 泰/大牟田未来共創センター 理事)